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日本、いにしえ
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建具

千年の都京都は、茶道に源を発する、侘び寂びを旨とする数奇屋建築の発祥の地であり、それによって、建具も繊細にして簡明素直な表現様式を有するものが多く存在します。
この京都の地で発展してきたものが、京建具です。
これらを茶室や住居に取り入れ、独特な空間を創り出してきました。
住居にとって、建具は機能的・意匠的にも重要な役割を果たしますが、その中でも京建具は独特の平面構成・空間構成の美を形成しています。

建具の歴史

「建具」は、住居の一部として日常生活に密接に関わってきました。
建具の目的及び用途としては、実用的な出入口の開閉、外界との仕切、室内の間仕切、通風、採光の調節などの目的のほかに、装飾的なものとして取り扱われてきました。

縄文時代

縄文時代には村落が形成され、弥生時代には、高床式建築が形成されました。
弥生時代の農耕村落遺蹟から、扉と推定される遺物が発見されています。
縦60.6×横47.6儻さ3.9僂遼鑒弔任任ており、縦の片側に軸釣とみられるつくり出しがあります。
扉とは、軸釣とそれを差し込み回転させる軸受けによって、開閉する建具のことを指しました。
土木技術の発展と共に、必然的に木工技術と建築技術が発達しました。

古墳時代

古墳時代に入ると、さまざまな形式の住居がみられるようになります。
「覆って暖をとり日差しを障えぎるもの」として、より簡易な葦や草だけで編んだ編垂蔀を、入り口に使用するようになりました。
『日本書紀』には、席障子(むしろしとみ)という記述があります。
古墳時代には扉の出土例が増え、埴輪にも開口部の上下に、扉の軸を受ける穴が作られています。
この時代には、扉はかなり普及していたと考えられています。

奈良時代

現存する最古の物

現存する日本最古の木造建築は、奈良の法隆寺です。
法隆寺金堂の中の扉が、現存する最古の扉と言われています。
高さ3m幅約1m厚さ約10僂痢桧(ひのき)の節なしの、一枚板です。

金堂裳階の四面の扉も奈良時代のものであり、一枚板で、高さ2.7m幅1m厚さ約8.5僂梁腓さで、下部に唄ばい金銅の飾り金具を打ち上部に連子窓を設けています。
この連子窓には九本の連子があり、一枚板から彫りだしています。
唐招提寺(759年建立)金堂の扉は、幅の狭い板を五枚縦に並べて、裏桟に釘留めした板桟戸構造になっています。
扉の表面に出た釘頭を隠す為に、饅頭型の木製漆塗りの飾りを付け、扉全体の変形を防止するため金銅八双金具(八対の留め金具)を、取り付けています。

広間様式の建築

奈良時代の建築の特徴として、内部空間を仕切る建具がなかったことが挙げられます。
それが広間洋式と呼ばれるものです。
その代表的な例として、藤原豊成の板殿が挙げられます。
桁行五間梁行三間で、壁と連子窓と扉で囲われた室部分と前後の広い板敷から構成されています。
この時代までは、開口部を作る独自の技術がありませんでした。
しかし、大陸からの技術が伝播することで、扉口や連子窓などの高度な技術が発展することとなりました。
  内部を仕切る建具として、衝立や簾、几帳のような可動式の「障子」が使用されていました。

平安時代前期

平安時代の貴族の邸宅の典型は、寝殿造りです。
寝殿造りの建物は、現存していませんが、京都御所の紫宸殿と清涼殿は、平安時代後期の形式を再現しています。
平安宮内裏の正殿である紫宸殿は、正面九間の母屋の四方に廂(ひさし)の間を設けた間取りであり、外部との仕切りの建具は四隅と北廂中央に妻戸を開く他、柱間に一枚の大きな蔀戸を設けています。
昼間は内側に釣り上げて開きます。
妻戸とは、扉の事で、建物に対して妻のような役割から妻戸といいます。
  二枚の板を接ぎ合せ、裏桟の替わりに上下に端喰み(はしばみ)という細長い台形の横板を入れて板を固定したものです。
蔀戸(しとみど)は、格子を組み、間に板を挟む板戸で、水平に跳ね上げて開きます。
内部の仕切りとして、設けられています。
絹布を貼った可動式の嵌め込み式の板壁で室礼(しつらい)として用いられ、時に応じて設置されるものでした。
「障子」とは古くは、間仕切りの総称でした。
衝立、屏風(びょうぶ)、簾(みす)、几帳あるいは、室外との仕切の唐戸(扉の一種)、舞良戸(板戸の一種)、蔀戸等を総じて障子と呼んでいました。

ふすま障子の誕生

清涼殿に、有名な「荒海障子」があります。
この唐風の異形の怪人を描いた墨絵の障子は、衝立て障子ではなく、引き違いの障子、すなわち襖障子であったと見られています。

平安時代後期

建具の進化と部屋の発生

外部との仕切りにも引戸(舞良戸・まいらど)が用いられ、採光のための明り障子も用いられました。
内部では、柱の間に引違の襖を建てこむようになります。
これによって、仕切られた「部屋」としての空間が出来上がりました。
蔀戸よりは引戸のほうが、明らかに使い勝手が良かったのです。
簡単に開閉ができ、開けた状態でも蔀戸ほど邪魔になることはありません。

遣戸の誕生

貴族の邸宅や寺院建築に「遣戸」が主として外回りの隔て建具として使用され始めましたが、間仕切りとしても使用されていたようです。
敷居と鴨居の間に建てられた、引き違いの舞良戸です。

舞良戸の誕生

舞良子(桟)は、片面又は両面に、横桟または縦桟として、等間隔や吹き寄せなど、さまざまな意匠を工夫して取り付けられました。
敷居と鴨居を設けて樋(みぞ)を彫った、可動式の板壁の発明が契機となり、建具技術の革新と応用発展が一気に開花し、引き違い戸の襖障子や遣戸を工夫発明していきました。

「遣戸」「舞良戸」は、周囲の框に入子板を張り、舞良子(桟)を取り付けた板戸です。
妻戸を軽量化した発展的形態と考えられます。
軽量化された舞良戸は便利な建具として、さまざまな意匠の工夫がされ、開き戸や引き違い戸として多用されていきました。

明かり障子の誕生

格子遣戸の用い方は、隔ての機能を果たしながら、採光や通風を得る事ができます。
機能としては、明かり障子の前進ともいうべきものです。

鎌倉時代

桟唐戸の伝来

鎌倉時代に入ると、遣唐使を廃止して以来途絶えていた、大陸との交流が開始され、宋との交易が盛んとなりました。
また、宋は強大となっていく蒙古の圧迫を受け続け、僧侶の政治亡命が相次ぎ、渡来人が増加していきました。
平家によって焼かれた東大寺の再建は、僧重源がもたらした大陸の様式・技術を導入して建築されました。
仏教建築では、この様式を大仏様(だいぶつよう)といいます。
また、その後に禅宗と共に伝わった、新しい仏教建築様式を禅宗様(ぜんしゅうよう)と言います。
この大陸様式の寺院建築に、新しい建具技術としての桟唐戸が用いられました。
桟唐戸とは、四周の框と縦横の数本の桟を組み、桟と框の間に入子板を嵌め込んだ扉です。
禅宗様の桟唐戸は、上部に細い組子の欄間や花狭間を入れ、桟に唐戸面をとるなど、優美な細工を施しているのが特徴です。

杉障子の誕生

明かり障子は採光の必要から考案された建具で、採光の為に建物の外回りに使用する事となりました。
しかし、障子に直接風雨があたるいことで、薄紙は破れてしまい、それが欠点でした。
実際の使用状況を絵巻物で見ると、半蔀を釣って内側に明かり障子をたてていたことが伺えます。
つまり、下半分の蔀は建て込んだまましていました。
こうした実際の使用状況から、明かり障子の雨があたりやすい下半分に板を張った、腰高障子が考案されることになったのです。

室町時代から桃山時代

書院造りと建具

書院造りとは、室町中期からおこり桃山時代に完成した、武家住宅建築の様式をさし、和風住宅として現在も行なわれています。
接客空間が独立し、立派な作りをしています。
主座敷を上段とし、床・棚・付書院を設けています。
柱は角柱で畳を敷きつめ、舞良戸・明障子・襖を用いており、簡潔にして要を得ています。

江戸時代

桃山時代から江戸時代になると、書院造りといわれる住宅が完成しました。
外部では明り障子のみをつかい、板戸の雨戸が併用されるようになります。
内部では襖に様々な意匠が施され、壁と連続した鮮やかな色彩で絵が描かれました。
欄間や障子においては、デザイン的な組子や細工が施されるようになりました。
建具は単なる仕切りという存在ではなく、内部意匠として重要なものとなりました。

明治時代以降

明治以降になると海外からの技術が入り、建具においても経済効率という面を最優先されるようになります。
木製建具のうちで、その最たるものがフラッシュ戸です。
それまでの建具に比べると容易に、大量に作ることができるものとなりました。
現在でもこのフラッシュ戸は建具の大半を占めています。
さらには、外部に気密性や水密性や耐久性で優れているアルミサッシが登場します。
そして、今まで活躍してきた木製建具は内部建具へと追いやられるようになりました。
アルミサッシは大量生産が可能で経済効率に優れています。
最近では内部のフラッシュ戸においても、見た目の仕上がりが美しくメーカーで大量生産が可能な規格品が出回るようになり、木製建具職人の伝統や技術というものがなくなってきています。
建具はどれもこれも画一的なもので、江戸時代のような内部意匠の要とは決していえません。
材料を慎重に選び技術を駆使して丁寧に建具を作っている職人たちの腕により出来上がる建具の古き良き技術の中に、現在のデザインや細工を加え、新しい建具を作り上げていくことで、木製建具は再び内部意匠の要として認知されるようになるのではないでしょうか。

 

建具の種類

格子戸

京建具の代表として京都のまちに連なり、多くの観光客に日本の心と芸術を伝え、感動を呼び起こしています。

紙障子・雪見障子

紙貼り障子は、日本の気候風土に最も適し、そのシンプルな組子模様と障子紙の白さの対比は日本人・外国人を問わず普遍的な美を提供しています。

簾戸

夏には簾子と呼ばれる葭、萩、竹などの糸編のものを組み込んだ夏障子が障子や襖と入れ替えられます。
真夏の暑気を防ぎ、涼風を取り入れ、畳の上に籘むしろを敷き詰めるのが、すがすがしい夏の風物詩となっています。

京襖

襖とは日本独特の間仕切建具のことです。
昔は「襖障子」と呼ばれていましたが、現在では「障子」と「襖」は別のものと区別されています。
襖は、部屋の間仕切や押入れなどに使われています。
その特長は、軽いことです。
また、その表紙を貼り替えて新しくしたり、雰囲気を変えることができます。
実用とインテリアを兼ねた建具として日本の住まいに活かされています。

板戸

板で作られた戸、扉をさします。
主に木の板で作られますが、一部にガラスや布・紙などを用いるものもあります。

 
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