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表装

今日、表装と呼ばれるものには、襖、壁装など日常生活に密着した実用的な分野と、掛軸、額装、屏風、画帖、巻物など美術工芸的なもの、さらには高度な技術と豊かな経験が要求される古美術の修復まで含まれます。
表装は、それ自体が独立したものではなく、常に書画を鑑賞するうえでの手だてとして成り立つもので、さらには書画を保存するという役割をも担っています。
目立たず、控え目でありながら、書画と一体の品格のある調和を作り出し、なおかつ表装そのものの品位も損なわないよう工夫することが要求されます。
高度な技術と繊細な美意識を特徴とする京表具は、一般の家々の需要も増え、すぐれた表具として全国各地から注目を集めています。

表装の歴史

表装は経巻や書画を保護、装飾することからはじまりました。
表装の歴史は中国で始まり、日本には6世紀に、仏教の伝来とともに伝わってきました。
これが日本の表装史のはじまりです。
以来、書画や建具の普及とともに、表装も多様な発展を遂げました。

飛鳥時代

紙が中国から伝来し、寺社などで和紙が使われるようになりました。
それに伴って、和紙に関する仕事をする表装師が登場しました。

奈良時代

仏教が盛んだったことから、教本を巻物にしたり、仏画や書を飾るための仕事が誕生しました。
官立写経所が設けられ、写経は書生(写経生)、校正、界正、題師、装黄師、画師により分業で行われました。
このうち装黄師というのが表装師の前身です。
装黄師の仕事は、写経の料紙を染めたり紙を切ったり継いだりし整え、軸・表紙・紐を装して帙(おおい)にくるみ、経箱におさめることでした。
なお、「料紙」 とは、美術和紙工芸のことで、和紙をいろいろな色に染め、ぼかしを施したり、版木で文様を刷り込んだり、金銀の箔で装飾したりして一枚の美術工芸紙として仕上げたものをいいます。
木格子の両面に紙を張ったつい立て障子が出現したのもこの頃です。

平安時代

仏教が隆盛だったため、表装師の主な仕事は経巻の表装でした。
建築に関して、平安時代初期は、寝殿造りにより、はめ込み式の襖が使われるようになりました。
さらに平安時代中期になると、引き戸としての襖、障子が誕生しました。

鎌倉時代

中国の禅僧とともに、書画の掛軸が伝来し、掛物の表装が日本でも行われるようになりました。
それに伴って、書画の表装を専門に扱う専門職が登場しました。
経巻の表装には、経師(きょうじ)があたり、はっきりと専門の区分けができました。

室町時代

室町時代に入ると書院造りによって、襖・障子が普及しました。
さらに、「床の間」の発達によって、掛軸・屏風などが広まり、定着し始めました。
唐絵や禅林墨蹟を唐織で表装し、書院や床の間に飾ることが流行しました。
このときの書画の選択や表装の演出を担当したのは同朋衆(阿弥派)です。
その際、金襴(きんらん)や緞子(どんす)など中国の織物を用い、装飾性だけでなく、禅僧祖師着用の袈裟をもって墨蹟を表装したことは、墨蹟そのものを祖師自身として尊崇するための荘厳の意味もあり、唐織との取り合わせによる新しい意匠を発達させる大きな原動力となりました。
また、侘び茶の世界での千利休(1522〜1591)の活躍によって「侘び表具」が発展しました。
茶道が普及するにしたがって、掛け物(墨跡、古筆、歌切れ、茶人の書簡、色紙、短冊、懐紙)の種類も豊富になりました。

桃山時代

桃山時代に至って表具という言葉が一般的に用いられるようになり、奈良屋西順などの表具師が出現します。
この時代、とくに掛物の表装が多様化し、現在の言葉で、表補(真)、幢補(行)、輪補(草)の3種に分類されます。
表補は本尊表具、神聖表具と呼ばれ、仏画、題目、神像、神号などに用いられ、幢補は座敷表具、大和表具として、古筆、絵画などにおもに用いられ、輪補は茶掛表具と呼ばれました。

江戸時代

江戸時代初期に、心越禅師によって明の表具式が確立され、茶人や文化人の間にもてはやされました。
京都では、一般庶民の家にも床の間のある和室の空間構成が完成し、広く普及するようになりました。
こういった背景には、金襴(きんらん)など西陣織や上質の和紙の材料、そして裂や紙を湿らせる良質の地下水に恵まれたという京都の地域性があります。

明治時代

大名茶の衰退に加え、欧米文化崇拝の風潮の中で日本の伝統文化は沈滞期を迎えました。
明治10年頃、文人画の勃興に伴い表装も隆盛を極めましたが、それは一時期の現象でした。
明治後期になると、京の町衆や新興の事業家の間で茶道や能が息を吹き返し、掛け物や古い道具類がもてはやされるようになりました。
明治の数寄者益田鈍翁(1847〜1938)は、絵巻物や歌集、屏風絵、因果経などを分断して掛け物に用い、茶席の新しい飾りを考案しました。
洋風建築への移行に伴って本紙の縦が長目になりました。

昭和時代

昭和の華道隆盛は横物表具の発達を促すなど、表具世界にも新時代の息吹が次々とおくりこまれました。
戦後は、生活・建築様式の変化や日本画の描法等の変化に従って、従来の掛軸・屏風・襖・額装などの形式が多様化しました。
伝統工芸として表具技術が見直され、昭和42年には表具技能士の検定制度が確立されました。

 

表具の種類

額装

額は中国から渡来した篆額にはじまります。
篆額とは、門名・堂名・楼名などを木板に彫刻し、宮門や寺門の軒下に掲げるものです。
平安時代には嵯峨天皇が儀式を唐法に改めました。
それから多くは木彫文字に彩色したもので、時代に合わせて造りも変化し、掲げる場所も寺社宮門から民家へと広がりました。
江戸初期に隠元禅師によって明清の文人画が渡来し、唐風書道の流行とあいまって紙額が生まれました。
明治以降は洋額が普及するようになり、鴨居の上に紙額や折釘で壁に釣りさげる「雲盤」を和額として区別するようになりました。
また、和額、洋額を折衷した「枠張り」など現代の生活様式にマッチした和洋額が工夫されました。

巻物、帖

中国の手巻を日本では巻物とか巻子といいます。
これらは保存や携帯に便利な形で、経巻や書籍、暦、絵巻物として、装黄師がこれにたずさわりました。
折帖は、秀吉が名筆を保存するためにつくらせた「古筆手鑑」が日本における最初と伝えられています。
長い巻物を折りたたんで仕立てたもので「手鑑」は名筆を集めたアルバムです。
そのうち、折帖の背を糊づけした“冊”が書籍装幀の主流になります。

屏風

折りたたみ式の屏風は中国の唐時代にはじまり、日本には天武朝に朝鮮から渡来しました。
東大寺献物帳には「御屏風一百畳」とあり、当時の宮廷で屏風が重要な調度であったことがうかがえます。
平安時代には宮廷や貴族の邸宅において、屏風は儀礼用、装飾、間仕切りとして不可欠の調度でした。
真言宗の「かんごよう式」に山水屏風が使用されるなど、寺院においても重要のものとなります。
また、当時は蝶番に皮、紐、金具が使われていましたが今日のような紙の蝶番ができたのは室町頃で朝鮮から伝わりました。
義政以後江戸幕府に至るまで、外国への贈物には金屏風が用いられ、明においては中国の硬屏に対し、軟屏といわれ珍重されました。
桃山、江戸時代には庶民階級にも普及し、風炉先屏風、枕屏風等々用途に応じて大きさも変化しました。

衝立

中国の屏風から、日本では屏風と衝立が生まれました。
古くは衝立障子と呼ばれています。下部を台木ではさみ、移動の簡単な目隠しと装飾をかねた調度です。
現在では書画、彫刻、染織、ガラスなど多様な装飾がほどこされ、また鏡や傘立て、帽子かけなどをとりつけた実用向きのものもつくられるようになりました。

襖障子、唐紙障子のことで唐紙ともいいます。
障子とは、衝立や建具など、もののへだてにするものの総称です。
平安時代に貴族達が、遣唐使が中国から持ち帰った模様紙を、衝立や障子に張ったことから唐紙障子と呼ぶようになりました。
現在の障子は明かり障子といわれ、平安末からのものです。布障子、紙障子といわれたものも襖障子のことと思われますが、襖障子の名は、書院建築によって建具の発達をみるようになる室町頃から登場します。
厚紙または布張りのものを“ふすま”といい、紋柄のあるものを唐紙といいました。
障子に絵をかくことは古くから行われていましたが、禅僧や高名な絵師によって水墨画や花鳥画が描かれるようになり、安土桃山時代の城郭建築の発達が、豪壮華麗な襖絵を出現させました。

 

和紙の種類

本鳥の子

がん皮を原料に手で漉いたものです。
名称は未さらしの紙が卵色をしていることに由来します。
滑らかな光沢が特徴です。

新鳥の子

機械漉きの場合が多く、原料はみつまたとパルプです。
様々な色や絵柄を漉き込んで作られる加工和紙です。

茶裏新鳥

パルプと古紙を原料とした量産品です。
自然な風合いは少ないですが、価格の手頃な商品として多く出回っています。

麻紙(まし)

麻を原料に漉いたものです。
丈夫で破れにくいため、襖紙に肉筆画を描く際によく用いられました。

楮紙(こうぞし)

クワ科の楮を原料に漉いたものです。
薄くて破れにくく、素朴な質感と独特な風合いがあります。

加工和紙

柿渋を染み込ませたもの、杉皮を漉き込んだもの、楮と土とワラを漉き込んだ土壁風のもの、さらし楮とワラを漉き込んだものなどがあります。

 

表具の製作工程

表具の材料は、本紙(書や画など)に和紙(わし)と裂地(きれじ)などです。
これらを用いて、水による加湿と乾燥のくり返しのうちに、何段階もの工程を経て完成されます。
洗練された技術に加えて、盆地のため、湿度が高く、風が弱いという京都の風土的条件も高品質の表具を仕上げるのに役立っています。

掛軸

1. 取り合せ

本紙に合わせて、どのような表具の形式にするか、使用する裂、色調をどうするかを決めます。

2. 肌裏打ち

本紙の裏側に美濃紙(みのし)で裏打ちをします。

3. 増裏打ち

さらに、古糊を使って、美栖紙(みすし)で裏打ちをします。

4. 仮張り1

裂地や本紙を平らにし各部の伸縮を調整します。

5. 付け廻し

必要な大きさに裁断した裂地を張り合わせます。

6.耳折り

ヘラで折り筋を付け、その筋に沿って折り返します。

7.総裏打ち

宇陀紙で裏打ちをして、刷毛を打ちます。

8.仮張り2

左右の幅に引っ張りと緩みを加え、微調整して仕上り幅に修正し、相当期間そのままで自然乾燥させます。

9.裏摺り

仮張りから外して盤板上に伏せ、数珠で裏面全体を摺ります。

10.仕上げ

下軸をつけ、風帯(ふうたい)を糸でとめます。
風帯とは、掛軸の上から垂らす二条の細い布帛または紙のことです。

 

京表具の特徴

京都では、掛軸の表装、屏風、襖、障子の仕立ては表具師、色紙、短冊、和本製造は経師と区別しています。
京都は平安時代には紙屋川で官製の和紙が漉かれ、その後も都として諸国の良紙が集中し、唐紙、色紙、短冊の主産地であり、西陣織の最高の表具裂、屏風などの漆塗椽、金具細工に至る優秀な表具材料に恵まれてきました。
温度が高く、風が弱いという風土条件も、狂いのない表具を仕上げるのに役立ちました。
貴族、社寺、茶人、武家、町衆などの洗練された美意識に磨かれた表装や京表具の技術は、全国から注目されており、仏画表具をはじめ高級な軸装(じくそう)・額装(がくそう)、あるいは文化財など古美術品の修復にその水準の高さを誇っています。
また最近では、洋風建築の室内装飾にも京表具が使われることがあります。

 
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